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東京地方裁判所八王子支部 昭和56年(ワ)945号 判決 1985年10月17日

原告 株式会社 東和技建

右代表者代表取締役 郡司忠男

右訴訟代理人弁護士 加賀美清七

被告 吉野ハルノ

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 成瀬聰

被告 鈴木義彦

右訴訟代理人弁護士 川畑雄三

被告 稲月文明

右訴訟代理人弁護士 加藤武雄

被告 田邊利喜枝

右訴訟代理人弁護士 秋本英男

主文

一  被告吉村玉蔵、同吉野ハルノ、同鈴木義彦、同稲月文明は原告に対して、各自金二〇〇万円及びこれらに対する被告吉野ハルノ、同古村玉蔵はいずれも昭和五六年七月七日から、同鈴木義彦は同年八月八日から、同稲月文明は同年七月一三日から夫々完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の右被告らに対するその余の請求並びに被告田邊利喜枝の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、被告吉野ハルノ、同古村玉蔵、同鈴木義彦、同稲月文明は夫々一〇分の一宛、その余は原告の各負担とする。

四  この判決は一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは原告に対して、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する被告吉野ハルノ、同古村玉蔵については昭和五六年七月七日から、同鈴木義彦については同年八月八日から、同稲月文明については同年七月一三日から、同田邊利喜枝については同月九日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言。

第二被告らの請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用はいずれも原告の負担とする。

第三請求原因

一  被告らは、昭和五五年春ころ千葉県五井市に老人病センター武士病院を設立するため、医療法人社団光和会設立準備委員会(以下光和会設立準備委員会という)を組織し、設立準備委員会として被告らの他、訴外柴田有年(後日辞任)、同細見鹿雄が就任した。

二  光和会設立準備委員会の法的性格

(一)  通常公益法人を設立するには、先ず発起人が法人設立のため準備委員となって、設立準備委員会を組織し、社団設立のために尽力すべきことを約束して、設立活動に入ることになる。この段階で各設立準備委員(発起人)間において、法人設立という共同目的のための組合関係が生ずる。

(二)  ところで、光和会設立準備委員会においては被告らの他二名合計七名が出資(労務の提供)を約し、医療法人社団光和会を設立するという共同事業を営み、その設立準備委員として就任することを許諾し、且右委員会名簿に設立委員として氏名を登載し、被告吉野または同稲月を光和会設立準備委員会の代表とすることに異議を述べず、第三者に対して右二名を代表とすることに同意したものであるから、右光和会設立準備委員会は、民法上の組合の性格を有するものである。そして、組合としての行動は、組合より代理権を与えられた被告吉野または同稲月によってなされたもので、その法律効果は組合員全員に帰属する。

従って、団体の資産は全員が共同に所有し、団体の負債は全員が共同に負担するものである。

三  原告は、冷暖房、給排水、衛生、電気設備等を業とする株式会社であるが、昭和五五年一〇月二二日光和会設立準備委員会に対して一〇〇〇万円を、返済期日同年一二月二五日と定めて貸与した。

従って、被告らは組合員として、右組合の債務について共同して責任を負担すべきものである。

四  仮に、右光和会設立準備委員会が、組合でなく、権利能力なき社団であるとするならば、

(一)  被告吉野、同古村は光和会設立準備委員会の原告に対する債務を連帯して保証したものであるから、その責任を負うべきである。

(二)  なお、右権利能力なき社団たる医療法人社団光和会はその後不成立となったものであるから、商法一九四条の準用により、その設立準備委員(発起人)である被告らは、光和会設立のためになした原告からの借入金債務について、連帯して責を負うべきである。

五  そこで、原告は被告らに対して、連帯して一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である被告吉野、同古村については昭和五六年七月七日から、被告鈴木については同年八月八日から、被告稲月については同年七月一三日から、被告田邊については同年七月九日から各完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告吉野、同古村の答弁

一  原告の請求原因一項中、被告田邊が光和会の設立準備委員となったことは否認し、その余は認める。

同二項は否認する。同三項は認める。

二  武士病院設立は、被告古村と同吉野両名が発意し、専ら右両名が企画、推進したものである。なお、医療法人設立のための諸官庁への届出に必要なため、他の被告ら各人へ別々に準備委員として名前を出すことをお願いし、その了解を得て名前を使用したにすぎない。従って、被告ら間において医療法人社団光和会設立の共同目的のための組合契約も存在せず、準備委員会を開催したことも一度もない。準備委員会は名前だけであって、その実体は、右両名および訴外細見の三名が活動していたにすぎない。

なお、被告稲月を代表者とする表示は、関係庁が医者を代表者に表示するよう求めた場合、事務上形式的に表示されているにすぎず、真実の代表者ではない。

第五被告鈴木の答弁

一  被告鈴木が光和会の設立準備委員になったこと、医療法人社団光和会が不成立となったことは認める。光和会設立準備委員会が民法上の組合であることは否認し、その余は不知。

二  被告鈴木は、被告古村、同吉野に懇請されて、形式上名義の使用を許諾し、設立準備委員になったにすぎず、出資義務の負担を約したことも、組合に関する契約をなしたこともなく、設立準備委員会に出席したこともないから、何らの責任をも負担するものではない。

第六被告稲月の答弁

一  千葉県五井市に武士病院を設立するということ、医療法人社団光和会が不成立となったことは認める。他の被告らが光和会の設立準備委員になったこと、光和会設立準備委員会が原告から一〇〇〇万円を借りたことは不知。その余は否認する。

二  被告稲月は、昭和五四年春ころ被告吉野から、千葉県五井市に武士病院と称する老人の医療病院を設立したいが、そのために設立準備委員会を作りたいので、準備委員になって貰いたいといわれて承諾しただけで、他の被告らと共に設立準備会を結成する約定をしたことも、設立準備会が結成されたという報告をも受けたこともない。まして、医療法人社団光和会なるものは聞いたこともない。

その当時被告稲月は、履歴書と医師免許証の写を被告古村に渡したことはあるが、それは将来武士病院が設立されたときに医師の名義が必要だといわれて渡したもので、光和会設立準備のためではない。

第七被告田邊の答弁

被告田邊に関する事実はすべて否認し、その余は不知。

被告田邊は光和会の設立準備委員になったことはない。

第八証拠《省略》

理由

一  被告吉野、同吉村、同鈴木が光和会の設立準備委員になったことについては、原告と右被告らとの間に争いがない。

二(一)  被告稲月は、武士病院の設立準備委員になったことは争わないところであるが、光和会の設立準備委員会という話は聞いたこともないから、同委員会の委員になった覚えはないと主張する。

《証拠省略》によると、被告吉野は青梅病院に看護婦長として勤務していたが、同病院の職員に対する対遇に不満があり、昭和五三年頃息子被告古村と相談の上、独立して新たに病院を作ることを計画したこと、そして被告古村は、病院の事務を学ぶために、昭和五三年二月から同五四年四月頃まで町田の上妻病院に勤務したこと、昭和五四年六月頃被告古村、同吉野は、千葉県市原市武士に土地を持っているという細見を紹介され、同地に一般内科、歯科の武士病院を設立することを企画したこと、その病院設立のために、被告古村、同吉野が中心となって、武士病院設立のための準備委員会を作り事務所を設けて、土地の選択、保健所に対する病院開設の届出、地元医師会との話合、地区住民の同意や給排水について河川に関する地区漁業組合の同意をうるための工作、病院建物の建築確認申請手続及び建築工事の注文等を行い、それらについての費用について同人らが負担したこと、右の手続等に関しては、設立準備委員会の名称について、医療法人社団光和会武士病院設立準備委員会、医療法人社団光和会設立準備会、三和会武士病院設立委員会、医療法人社団三和会武士病院設立準備会等種々異なった表示の記載がなされているが、光和会と三和会というのは同一のものであり、また医療法人社団光和会(或は三和会)武士病院は、将来設立しようとする病院の名称で、これを設立するための委員会が設立準備委員会であること、そして右設立準備委員会を設立するためには、医師が委員として加わることが必要なため、被告古村、同吉野は、同稲月に対して委員になることを懇請し、同人の承諾をえたこと、以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

そうだとすると、被告稲月は結局原告主張の医療法人社団光和会武士病院設立準備委員会の委員であることを認めたことと何ら異らないものというべきである。

三  被告田邊については

同被告が三和会武士病院設立委員会委員であることを内容とする引受書が存するが、これについてその作成を認めるに足りる証拠はないから、これを本件における証拠となすことはできない。

又光和会設立準備委員会名簿には、被告田邊の名前が掲載されているが、しかし《証拠省略》によると、被告田邊は一度も右の委員となったことはなく、被告古村、同吉野が右被告に断りなく掲載したものであることが認められるので、右名簿中被告田邊に関する部分は明らかに信憑性がないもので、この部分を証拠とすることはできず、他に同被告が同委員となったことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右被告が設立準備委員であることを前提とする主位的主張及び仮定的主張については、その余の点について判断するまでもなく理由がないものというべきである。

四  ところで、医療法人たる病院は公益を目的とするものであるから、民法上の社団法人と解すべきものである。

社団法人が設立されるに当っては、発起人が法人設立のために協力し合うことに合意し、そのための準備行為をなすことが通例である。この発起人間の合意、即ち設立発起人契約は、組合契約と解されている。

そして、組合が成立するためには、二人以上のものが出資をして、共同の事業を営むことの意思の合致を必要とする(民法六六七条一項)のであるが、右にいう出資とは極めて広い概念で、信用の提供も出資の対象となりうる。

ところで、民法上の社団の場合には、営利法人である株式会社の設立と異り、商法一六六条のような規定がないから、発起人となるためには、定款に署名する等の形式的要件を必要としないものと解する(大判大正一二年五月一日民集二巻二九一頁)。

先ず、被告稲月については、本件の場合、病院を設立するに際して医師が委員に加わらないと病院の設立準備委員会が成り立たないものであることは、《証拠省略》により明白であるから、たとえ、被告稲月が供述するように、将来同人が武士病院設立後これに参画しないという前提であったとしても、前記のとおり、病院設立のためにその設立準備委員として名前を連らねることを承諾した以上は、同人は医師としての信用を供与したものということができるのであって、しかもこのことは少くとも設立準備委員会の目的である武士病院設立という準備行為をなすべき共同の事業のために賛同したものということができる。

被告鈴木についても同様のことが云えるのであって、同人が昭和五六年当時新宿の診療所の調剤薬局の代表者であったことは、《証拠省略》によって明らかであり、被告鈴木が設立準備委員となることを承諾した以上、その信用を供与し、武士病院設立という共同事業に賛同したものというべきである。

従って、いずれも組合契約として何ら欠けるところはない。

そして、右組合契約成立のためには、発起人が一同に会して契約する必要はなく、個別に順次契約することでも可能であるから、従って光和会設立準備委員会は有効に成立したものであり、且前記認定のように、武士病院設立のために種々の行動をなし、実際に活動していたものであるから、何ら実体のない名義だけの存在ということはできない。

五  原告が冷暖房、給排水、衛生、電気設備等を業とする会社であり、昭和五五年一〇月二二日医療法人社団光和会設立準備委員会に対して、その病院建設に関する設計料支払の資金として一〇〇〇万円を、返済期同年一二月二五日と定めて貸与したことについて、

(一)  原告と被告吉野、同古村間においては、争いがないところである。

(二)  原告と被告稲月、同鈴木間においては、《証拠省略》によって、右事実を認めることができる。

六  そして、《証拠省略》によると、同委員会については被告吉野が理事長となって、設立準備等の仕事をなし、右原告からの金員借入れに当っても、被告吉野が理事長として契約していることは明らかである。そうだとすると、被告吉野は組合の業務執行組合員であったもので、原則として組合目的遂行に必要な範囲内で、組合のための一部の行為をする代理権を有することになる。

そして、組合が病院建築のため設計料支払の資金として、他から金員を借用することは、当然右の組合目的遂行の必要な範囲に属することは明白である。

七  ところで、組合に対する債権を有するものは、組合財産に対して権利を行使できると共に、各組合員個人に対して、その個人財産に対しても権利を行使することができるのであるが、原告は本件においては、組合財産に関して権利を行使するものではなく、組合員個人に対してその責任を追求するものであると解する。なんとなれば、組合財産に対して権利を行使するについては、組合そのものを相手に訴を提起することができる(組合に当事者能力を認めることについては大判昭和一〇年五月二八日民集一四巻一三号一一九一頁、大判昭和一五年七月二〇日民集一九巻一五号一二一〇頁、最判昭和三七年一二月一八日民集一六巻一二号二四二二頁)し、又組合員全員を相手として訴を提起することもできるのであるが、本件では原告は、組合自体を相手にするものではなく、又組合員全員を相手にするものでもないのであるから、結局被告ら組合員個人に対して責任を問うものと解すべきである。

八  そこで、組合員の個人財産に対して、組合の債権者が債権を行使する場合は、組合員個人の債務は本来は組合契約によって定められた損失分担割合に応じた分割債務となり、若し分担割合を知らない場合は、均一部分にしか権利を行うことができない(民法六七五条)。

ところで、設立準備委員会の委員になったものは、委員会名簿によれば、被告ら五名の他に柴田有年、細見鹿雄の七名となっているが、被告田邊が同委員になったものでないことについては、前記認定のとおりであり、又《証拠省略》によると、細見は委員となったが、柴田は委員になる承諾を得たことはなく、被告吉村、同吉野が本人に無断で名簿に載せたにすぎない旨供述しているので、委員は全部で五名ということになる。

そして、右五名間の損失分担割合の定めについては、何ら主張も立証もないのであるから、その割合は均一割合による分割債務というべく、委員は夫々五分の一宛の割合であるから、各二〇〇万円ということになる。

そうだとすると、原告において被告らに対して発起人としての責任を追求する限りにおいては、右の限度においてのみ請求できるにすぎない。

九  以上のとおりであるから、原告の請求の内、被告古村、同吉野、同鈴木、同稲月に対して、各自金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること本件記録上明白な、被告古村、同吉野については昭和五六年七月七日から、同鈴木については同年八月八日から、同稲月については同年七月一三日から夫々完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を求める部分は正当であるから認容し、右被告らに対するその余の部分及び被告田邊に対する部分はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条本文、九三条本文を、仮執行宣言については同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安間喜夫)

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